アルゼンチン前大統領、ネストル・キルチネル氏が
現地時間10月27日、サンタクルス州のカラフェテで
心臓発作のため死去。60歳だった。
アルゼンチンは3日間の服喪を決定した。
ベネズエラとブラジルも…。
日本からすると、単に「前」大統領の死去に、なぜ?という
疑問が生まれるだろうが、アルゼンチンでは、誰も彼のことを
「前」大統領だと思っていない。現大統領クリスティナ・
フェルナンデスは、彼の妻だが、国内外への影響力は
キルチネル氏あってこそ。
キルチネル前とキルチネル後、という言葉があるように
メネム政権後のどさくさで誰も立て直せなかったときに、
出て来たキルチネル氏が果たした功績は大きい。
もちろん、まだまだ先住民族の問題やら経済問題やら
あるけれども、何はともあれ、一旦、破綻した国を
立て直す方向にもっていったという点で、アルゼンチン
のみならず、ラテンアメリカ諸国の評価が高いのだ。
それまで欧米、IMF寄りで無理な民営化を押し進め、
外資を入れて「新自由主義の優等生」と評価されたメネムと
その後、当選したにもかかわらず、メネムのツケで
経済破綻にまでいってしまったデ・ラ・ルア大統領。
1週間で交代したアドルフォ・ロドリゲス・サアに
エドゥアルド・ドゥアルテ大統領と2003年の大統領選まで
どこへいくのか、アルゼンチンって感じだったから。
そういう時に出てきたキルチネル大統領は、メネム元
大統領と同じペロン党だが、新自由主義体制には反対で、
メネムとは対立していたし、軍事政権反対で投獄された
経験も持つ。
キルチネル前大統領は欧米ではなく、ブラジル,ベネズエラ、
ボリビアなどラテンアメリカ諸国との協力体制をとり、
IMFと強気の交渉をして債務返済よりも国内経済と
財政の立て直しを優先した。
アルゼンチン(チリもだけど)はヨーロッパからの移民が多く
ラテンアメリカ諸国からみると、奴らはラテンアメリカより
ヨーロッパの一員だと思っていやがるぜ、という感じだったのだが、
キルチネル大統領になってから、評価がかわってきた。
ま、もちろん、経済立て直しのためにメルコスールと
関係強化したのだろうとか、打算だろうとか色々言われていたが、、
カナダ、米国、メキシコが結ぶ北米自由貿易協定NAFTAの
中南米への拡大版で米国が提唱したFTAAに
ベネズエラ、ボリビア、ブラジルと共に、
ノーをつきつけたこともあって、おっと、アルゼンチン、
いいところあるじゃねえか、と。
それに軍事政権に加担した人々に対する赦免を廃止したり、
反体制の人々を監禁、拷問した場所、海軍工科学校を
行方不明者の人々を偲び人権擁護を推進するための施設に
したり、はたまた教育に力を入れたり…。
心臓も悪化するわな、と思えるほどの働きぶりだが、
就任していたのは2003年から2007年までの1期4年間。
再選可能だったのに妻を擁立したのは健康不安からだと
言われているが、米国や新自由主義者たちからは、
「夫婦で権力を掌握しようとしている」と叩かれていた。
友人たちが言うには、2011年の大統領選に
出るための静養だから、その間は妻を前面に出しておけば
いいじゃん、と思っていたと。
だから、今回の死去が痛い。
彼らにとって、これは「前」大統領の死ではなく、
「次期」大統領の死だから。
これからどうなるか分からない、と皆が言う。
気をゆるめると、また外資とつながる奴らが動き出す。
だから、「クリスティーナ、私たちはあなたと共に」という
スローガンをかかげなけりゃならんのだ。
クリスティーナとは現大統領のこと。
バックに夫がいたから大丈夫だ、と思っていたけど、
これからどうなるのか、ちゃんと注目していなきゃならない、と
友人たちは言う。
アルゼンチンにとって決して忘れられないのは
軍事政権とマルビーナス(フォークランド)紛争と
経済破綻。だから今もアルゼンチン映画の背景には、この3要素の
どれかが、どこかに入っている。
現在、上映中の映画「ルイーサ」でも、主題ではないけれど、
その背景には経済破綻が色濃くでているし、土曜日に
東京国際映画祭で上映されるディエゴ・レルマン監督の
「隠れた瞳」は、マルビーナス紛争へ向かう直前だし、
「瞳の奥の秘密」は軍事政権だし…。
この先、アルゼンチンがどの方向へ向かうのか、
2011年の大統領選がどうなるのか。
その不安は、まだ悲しみの中にまぎれている。
追悼のために5月広場に集まる人々