default img

「ハンガー」

こんにちは!
映画ジャーナリストLuckyHouseの2度目の登場です。
今回取り上げるのは、10月に開催された東京国際映画祭の
“World Cinema”部門で上映された「ハンガー」(原題:
『Hunger』)。
この部門の選定基準は、(1)海外の映画祭等で話題になった
作品、(2)8月31日時点で日本公開が決まっていない作品、
(3)原則としてアジア以外の作品、だそう。
(2)の公開未定というのが、非常に残念なのだけれど、
「ハンガー」は今年5月に開催されたカンヌ映画祭の
“ある視点”部門でオープニング上映され、カメラドール
(新人監督賞)と国際批評家連盟賞をダブル受賞した
イギリス映画で、個人的には今年のカンヌ映画祭最大の
収穫作でした。
監督&脚本のスティーヴ・マックィーンは、往年の
ハリウッド・スターと同姓同名だし、映画のタイトル
「ハンガー」もカトリーヌ・ドヌーヴとデヴィッド・
ボウイが共演したトニー・スコット監督の1983年の
ヴァンパイア映画と紛らわしいのが、ちと難だけど、
掛け値無しの秀作であり、衝撃作です!
本作で監督デビューを果たしたマックィーン監督は
1969年、ロンドン生まれ。戦争画家、ビジュアル・
アーティストとして知られ、1999年にはターナー賞
(現代美術界で最も重要な賞の1つで、授賞式はTV
中継される英国の国民的行事)を受賞した才人です。
実話の映画化である本作は、1981年に北アイルランドの
メイズ刑務所で、政治犯としての待遇を求めるハンガー
ストライキを率先し、一番最初に獄死したIRAの活動家
ボビー・サンズの姿を描いたバリバリの社会派映画なの
ですが、東京国際映画祭の作品解説資料では、“実話”と
いう点に、全く触れていないのが???です。
そこで、まずはボビー・サンズ本人(1954年~81年)に
ついて記しましょう。
IRA暫定派(PIRA)の活動家サンズは、北アイルランドの
イギリスからの分離・アイルランドへの併合を求めるIRAの
武装闘争に参加し、81年に銃器所持罪で逮捕・収監される。
サンズら活動家たちは獄中で、政治犯としての権利を剥奪
されたことに抗議、囚人服の着用を拒む“ブランケット・
プロテスト”、房内の壁に糞尿を塗りたくる“ダーティ・
プロテスト”など、様々な抗議活動を展開。
しかし、当時の首相マーガレット・サッチャーが要求を
のまないと知るや、今度はハンガーストライキに突入。
このニュースは世界中に報じられ、同情論が巻き起こる。
サンズの人気は高まり、英国下院議員にまで選出され、
歴代最年少議員となるが、その27日後、66日間の断食を
貫いて死去。享年27歳。その後、サンズに続いた9人が
ハンストで死亡し、国際的に人々の関心を集める一方、
IRAはテロ活動を活発化させた。
サンズの葬儀には10万人以上が集ったとされ、現在も
北アイルランドのカトリック系住民の多い地域では、
命をかけて正義を貫いた英雄として語り継がれている。
96年にはヘレン・ミレン主演によるサンズの自伝映画
「Some Mother’s Son」がカンヌ国際映画祭で上映され、
賛否両論を呼んだが、この81年の出来事は、当時ウエスト
ロンドンに住む11歳の少年だったS・マックィーン監督の
心に刻み込まれ、「ハンガー」に結実することになる。
/////////////////////////////////////////////////////////
まず、1人の看守レイモンド(スチュアート・グラハム)の
日課を淡々と描写する緊張感みなぎる導入部から圧倒される。
セリフは極端に少なく、説明的な描写もない。
余分なものを全てそぎ落とした、このミニマムな演出は、
その後のタダならぬ展開を予感させ、まさに鳥肌モノだ!
小雪が舞うなか、刑務所の戸口で煙草を吸うレイモンドの
虚ろな表情が、実に印象的であるが、やがて彼の人間性を
マヒさせた厳しい就労状況が明らかになる。
レイモンドに次いで映画の中心人物となるのは、新たに
収監された若い囚人デイヴィ(ブライアン・ミリガン)だ。
彼は同房の先輩囚人ゲーリー(リーアム・マクマホン)に
倣って囚人服の着用を拒み、ダーティ・プロテストなどの
壮絶な抗議活動に加わっていく。
監督は、デイヴィの体験を描くことで、生き地獄として
名高いメイズ刑務所Hブロックの実態をつまびらかにし、
面会する家族の協力、外部との接触方法なども巧みに描写。
囚人たちの抵抗に対する看守たちの凄まじい暴力、そして
抗議活動の鎮圧に出動した機動隊の非人道的な行為をも
手加減せずに描写した監督は、機動隊員ながら、その場を
逃げ出して慟哭する若者の姿を挿入することで、その非道
ぶりをより鮮明にする。
だが、抗議活動のリーダーである肝心のボビー・サンズは、
映画の中盤過ぎまで登場しない。そして、それまでの映画を
牽引してきた看守レイモンドは、老人ホームで、彼のことを
息子だと認知出来なくなった老母との面会中に射殺され、
あまりにも呆気ない死を迎える。
そして映画の終盤で描写されるのは、ハンストを続ける
サンズが刻々と痩せ衰えていく様子だ。体力を消耗し、
動けぬサンズの体にできた床擦れは、あまりにもリアルで、
目を背けずにはいられない。
何といっても圧巻なのは、抗議活動の最終手段として
ハンストを決意したサンズが、その思いのたけを旧知の
神父に伝える長回しのシーンだ!
刑務所の面会室でサンズ(マイケル・ファスベンダー)と
神父(リーアム・カニングハム)がテーブルを挟んで対峙し、
10分間にもおよぶ丁々発止の対話をワンショットで捉えた
驚異的なシーンで、俳優の力量をこれほどまでにマザマザと
見せつけられたのは久しぶりだ。
15キロもの過酷な減量に挑んでサンズ役を熱演したのは、
『エンジェル』の画家役や『300<スリーハンドレッド>』
のスパルタ戦士役で知られるマイケル・ファスベンダー!
共演者もイギリス、アイルランドの実力派俳優揃いだ。
本作に対して、イギリス国内では賞讃意見ばかりではなく、
「テロリストの殉死を美化している」という批判もあった
らしいが、それは過剰反応のような気がする。
何故なら、監督は決してサンズをヒロイックに扱っては
おらず、映画の中心人物をレイモンドからデイヴィ、
そしてサンズへと移していくことで、監督は客観的な
視点をしっかりと保っているからだ。
まぁ、確かに、ラストに描かれるサンズの少年時代の姿は
少々センチメンタル気味ではあるが、それとて瑕疵ではなく
スティーヴ・マックィーン監督の優しさの現れだと理解したい。