♡ はじめまして!
映画ジャーナリストのLuckyHouseです。
今回からvagabundaさんのご好意により、
映画評などを書かせていただきますので、
お見知りおきのほどヨロシクです! ♡
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カンヌ国際映画祭で見逃した「トニー・マネロ」を
第5回スペイン・ラテンアメリカ映画祭で鑑賞した。
正直なところ、その完成度の高さに驚かされてしまった。
まさに鳥肌モノの衝撃作だ!
本作が2作目だというチリの若手監督パブロ・ラライン
監督(1976年生まれ)は、ピノチェト軍事政権時代に
漂う不穏な空気をリアルに抽出。
1978年のサンチアゴを舞台に、現実社会から目を背けた
主人公の行動を通して、日常の絶望感を浮き彫りにし、
抑圧された時代の“閉塞感”を際立たせることに成功している。
何と言っても強烈なのは、崇拝するアイドル(アメリカ映画
『サタデー・ナイト・フィーバー』でジョン・トラボルタが
扮した主人公のトニー・マネロ)に、病的に傾倒する主人公
ラウルのキャラクターだ!
その短絡的な行動は恐ろしくも異様で、通常ならば観客の
共感など全く得られそうにもない人物である。だが、
観る者が、そんな彼から目を離せなくなってしまうのは、
主演俳優アルフレッド・カストロの卓越した演技力に
負うところが大きい。
若き日のアル・パチーノから脂っ気を抜いたような風貌で
エゴイスティックな主人公を演じ切ったアルフレッド・
カストロは、舞台とテレビで活躍するチリの国民的俳優
だそうで、本作の共同脚本家(どの部分を担当したかは
不明だが、ラウルの人物造形に対して、かなり貢献して
いると推測される)でもある。
A・カストロは、妄執と嫉妬に蝕まれた50男の“狂気”を
何気ない仕草や表情、視線だけで的確に表現していく。
映画館の客席に身を沈め、トニー・マネロのセリフを
一言一句違わずに暗唱するシーン、盗んできた映画の
フィルムを電球にかざして見る時の恍惚の表情、
そしてTVスタジオから搬出されるミラーボールを
目で追うシーン等々における彼の眼差しには、ゾッと
させられる。ましてや簡単に人を殺してしまうシーンに
おける凄みたるや、いわずもがな…だ。
vagabundaさんが指摘する通り、時代も国も異なるが、
主人公のラウルは確かに「低開発の記憶」のセルヒオと
ちょっと似ている。ただし知識人を自認するセルヒオは
ヨーロッパ志向だったが、アイデンティティを喪失した
ラウルの憧れの目はアメリカに向けられている。
さて、そこで気になるのは、一体どの時点でラウルの
頭のヒューズが飛んでしまったのか……ということ。
チリ・クーデターが発生した1973年以降、1977年に
製作された『サタデー・ナイト・フィーバー』に出会う
までのラウルは、どの様な人生を送り、何に生き甲斐を
見出していたのか?
そして、全ての努力が水の泡となり、夢やぶれた後の
ラウルの行く末は……?
バスに乗り込んだラウルのクロースアップで幕を
閉じる本作は、描写されていない部分にまで観客の
興味をかき立て、想像力を大いに刺激する作品である。